目次

西之島
西之島

いま、日本の火山はその活動を活発化させている。

2013年から溶岩の流出が数年にわたって続いた西之島。 戦後最大の犠牲者を出した2014年の御嶽山噴火。 2015年、噴火警戒レベルが最高の5となり、全島民が避難した口永良部島。
そのほか、桜島、阿蘇山、箱根山、浅間山などで火山活動が活発化、くらしに様々な影響がおよぶなか、 私たちは火山の国に生きていることを改めて思い知らされている。

日本には110の活火山がある。
火山はときに災害をもたらす一方で、温泉や美しい景観などの観光資源、農業、地熱による発電などの恵みをももたらしてきた。
火山と隣り合わせで生きることを宿命づけられている私たちは、火山とどう向き合っていけばいいのだろうか。
この特集では、人々のくらしと火山との関わりや、火山への思いについて、浅間山北麓ジオパーク構想を推進する現場で活動している方々の声を中心に紹介する。

浅間山北麓ジオパーク構想:浅間山(2568m)北麓にある貴重な地形や地質を教育や地域の発展に生かすため、この地域の日本ジオパークネットワークへの加盟を目指す取り組み。 嬬恋村と長野原町の関係者らが中心となって進めている。

2016年8月20日現在、日本ジオパークは全国に39地域あり、うち8地域がユネスコ世界ジオパークに認定されている。


第1部 防災から減災へ

016年8月4日、国道146号線近くを流れる片蓋川付近に人が集まってきた。
浅間山ジオパーク構想推進協議会が企画した火山防災研修会だ。

片蓋川
片蓋川

「この川は普段は涸沢ですが、強い雨が降ると浅間山の火山堆積物を含んだ土石流がたびたび発生しています。 また、浅間山が積雪期に噴火をした場合、熱で周囲の雪が解けて火山泥流が発生する可能性があります。 ここでは、こうした予想される土砂災害を未然に防ぐための工事を進めています」

と講師役の国土交通省利根川水系砂防事務所職員。
その後、参加者は職員の案内で、普段は立ち入ることができない工事現場へ。
山裾を重機が行き交い、幅300m近い砂防堰堤の建設が進む。 対策規模の大きさに見学者一同から驚きの声がもれる。

火山防災研修(浅間山北麓ジオパーク構想)

「浅間山における防災事業の特徴は、事業規模が大きいということです。しかも工事区域の周囲は観光地で、一部は国立公園に指定されています。このため、災害による被害は減らしていく一方で、堰堤を付近にある浅間石と同じ色に着色して目立たなくするなど、景観上の配慮についても考えていく必要があります」

20世紀以降、浅間山では、記録のあるもののうち7回の火砕流が発生、その内4回が融雪を伴う火山泥流である。
今回の災害対策で想定される火山泥流の規模は、積雪が50cmの場合、27万立方メートルにおよび、 約8000戸が被災し、被害額は500億円にのぼるという。

浅間山災害区域予想図(火山ハザードマップ)

ところが浅間山は過去に、この想定をはるかにしのぐ大規模な噴火を繰り返してきた。

1108年噴火 (天仁噴火)

総噴出量:1.2億立方メートル (想定の444倍)

天仁噴火(浅間山、1108年)

1783年噴火 (天明噴火)

総噴出量:0.5億立方メートル (想定の185倍)

天明噴火(浅間山、1783年)
産業総合研究所 地質調査総合センター

浅間山周辺の地形図を見ると、古い火山が集まる西側は長年の雨や雪による浸食を受け、谷が発達しているのに対し、近くに浅間山がある東側は過去に発生した火砕流や土石なだれ、山体崩壊などの影響で、 台地状の地形が広がっていることがわかる。

浅間山からの膨大な噴出物が、周辺の地形を一変させているのだ。

浅間・烏帽子火山群の地形的特徴

これについて、同事務所職員は、

「現在私たちが行っている対策は、20~100年に一度の規模の災害を想定したものです」

としたうえで、

「数百~千年に一度という規模の噴火に対処するには、より合理的なアプローチを考える必要があるでしょう」

と話す。

近年、大規模な自然災害に対処する考え方として、「減災」という言葉が使われ出している。
減災とは、災害時において発生し得る被害を最小化するための取り組みである。
防災が被害を出さないことを目指す取り組みであるのに対して、減災とはあらかじめ被害の発生を想定したうえで、その被害を低減させていこうとするものだ。
付近に活火山を抱える自治体や関係機関ではこの減災の考え方に立ち、

  • 災害リスクをハザードマップ等によりわかりやすく伝えること。
  • 平時から食糧・飲料など必要な物資を備蓄すること、または確保するための協定を結ぶこと。
  • 避難の手順を確認しておくこと。
  • 観測体制を充実させ、噴火の前兆を早期にとらえ、それを迅速な避難行動に結びつけていくこと。

などの対策を進めているところが目立つ。


第2部 大地は生きている - 火山に寄せる思い

間山の溶岩流によって形成された景勝地、鬼押出しからほど近い六里ヶ原休憩所は、この日、高原野菜やソフトクリームを買い求める首都圏からの観光客でにぎわいをみせていた。
そこへ先ほどの研修を終えた一行が到着した。
これからここで「ジオヨガ」を体験するという。 ジオ(大地)の上で行うヨガだから「ジオヨガ」なのだという。

「雄大な浅間山を見ながらヨガを体験することで、心まで雄大になれたら」

ヨガを指導するAjyu(アジュ)さんはそう話す。

ジオヨガ(浅間山北麓ジオパーク構想)

眼前に迫力ある姿でそびえ立つ浅間山を臨み、そのふもとにはキャベツ畑や牧場、ゴルフ場、スキー場などが緑のじゅうたんのように広がる。
そんな開放的な景色を背景にして、参加者は思い思いの場所にマットを広げ、体と心を解きほぐしていく。
最後に全員で浅間山に向かって両手を合わせ、1時間のヨガ体験を締めくくった。

「大地は生きている」
「山から大きなエネルギーをもらった」

体験を終えた参加者から寄せられる感想にAjyuさんは、

「私も毎日浅間山を見て過ごしていますが、まったく同じ思いを感じています」

と応じる。

「この上には舞台溶岩と呼ばれる、溶岩流でできた台地があります。将来はこの舞台溶岩の上で『溶岩ヨガ』をやりたいですね」

こう話すのは嬬恋村地域おこし協力隊でジオパーク推進を担当する坂口さん。

「現在、舞台溶岩は一般の方の立ち入りが規制されていますが、ガイドが同行することを条件に、立ち入ることができるよう、関係先に働きかけています」

安全確保に注意を払いながらも、浅間山の地形を生かした地域活性化への期待をふくらませる。


第3部 火山が作り出す多様性

山と温泉が集まる高原のリゾート地、上信越高原国立公園。
1949(昭和24)年に指定されて以来、多くの人々がこの地を訪れてきた。

浅間山はこの公園の核心部に位置し、火口周辺部は景観保護のための規制が最も厳しい特別保護地域に指定されている。 付近には国の特別天然記念物であるカモシカや希少な高山蝶が生息するほか、太平洋側の気候と日本海側の気候が接する中央分水嶺に位置することから、多様な生物相が観察される。

浅間山は大規模な噴火を繰り返しながらも、その都度自然は再生し、豊かな生態系を作り上げてきた。

ところで、世界初の国立公園として知られる、アメリカのイエローストーン国立公園には、公園設立に至った経緯について、こんな逸話が残されている。

かつてこの地方を探検した人々は、そこに広がる大自然に深く心を動かされ、

「この霊域はすべての人類、すべての生物に自由と幸福を与えるために神が創造されたもので、決して私有物にしたり、少数の利益のために開発すべきものではない」

として、政府にこの地を国民のために永久に保存することを求めたというのだ。

それほどの大自然を作り出すうえで中心的な役割を果たしたのが、アメリカ最大の火山、イエローストーン火山である。

火山が世界初の国立公園を誕生させたのだ。

イエローストーン国立公園
イエローストーン国立公園

さらに、近年の研究では、地球最初の生命は、海底火山の熱水噴出口付近で誕生したとする説が有力だ。

豊かな自然や生きものの営みと、火山とのあいだにある不思議なつながり――これは果たして奇妙な偶然の一致なのだろうか。

横浜国立大学の森章准教授は、火山噴火などの自然攪乱かくらんは、生物多様性を作り出すうえで役に立っていると指摘する。

「自然撹乱とは、台風、ハリケーン、サイクロン、山火事、火山噴火、なだれ、などのイベントにより、自然の生態系が破壊されることを指します。

たとえば、台風や山火事により森林が大きく撹乱されると、樹木が倒壊あるいは枯死したところでは、新たな開いた空間が形成されます。 そのような場所は、一見すると荒廃地に見えますが、実はさまざまな生物に住み場所を提供するとともに、自然のプロセスとしての森林再生の場ともなります。

人間社会が存在する前から、さまざまな生き物は自然撹乱にさらされ、育まれてきました。

一方で、自然撹乱は、人間社会に災害をもたらすものでもあり得ます。 人間社会は様々な自然災害と向き合ってきました。

しかし、その中には、災害を防止しようとして、社会にも自然にもさらなる問題が生じた事例がたくさんあります。 たとえば、洪水が頻繁に起こる地域において、農地転換のために水路を作り、洪水を抑制しようとした結果、 逆に干ばつが生じるようになったり、地域の生物相が絶滅の危機にさらされたり、農地排水による富栄養化のためにアオコが発生するなどといった問題が生じたことが知られています。

このように、自然の撹乱を抑制しようとする試みは、ときに非常に手痛いしっぺ返しとして社会に跳ね返ってきます。

ゆえに、最近では災害として捉えられがちな自然撹乱を抑制するのではなく、むしろ社会や生態系に必要な変化を生み出す要因であると捉え、促進することが重要と考えられるようになっています」

自然撹乱と自然災害 森章(横浜国立大学大学院 環境情報研究院 理工学部地球生態学 EP)

第4部 自然へのおそれ

山の噴火、地震、津波、台風による土砂崩れや河川の氾濫はんらん、豪雪。
世界全体に占める日本の自然災害の発生割合は、マグニチュード6以上の地震回数20.8%、活火山数7.0%、死者数0.4%、災害被害額18.3%など、世界の0.25%の国土面積に比して非常に高くなっている(内閣府)。
日本の国土は自然災害が発生しやすいと言える。

その一方で、日本の年間降水量は1700mm(世界平均の約2倍)、国土に占める森林面積の割合は67%(世界平均の約2.3倍)で、水と緑に恵まれた国でもある。

自然災害の多さは、そのまま自然環境の豊かさの表れのようにも見える。

「三陸沿岸は、明治、昭和、平成と120年の間に3回の大津波に見舞われ、そのたびにまちを復興してきました。はたから見ると、なぜそんな危ないところに人が住み続けているのか、非常にわかりにくいと思うんです」

と話すのは浅間山ジオパーク構想推進協議会事務局の宮崎さん。

「ですが、三陸沖には豊かな漁場が広がり、そこに暮らす人々に大きな海の恵みをももたらしてきました。その土地に暮らす人々には、その土地の自然への思いがある。 歴史的に大規模噴火を繰り返してきた浅間山の間近で暮らす私たちにも、それとまったく同じことが言えます」

浅間山北麓ジオパーク構想推進の取り組みを続けていく中で、火山とともに生きる知恵や教訓、そして火山がもたらす恵みを、地域の内外へわかりやすく発信できればと考えている。

ジオツアー(浅間山北麓ジオパーク構想)

日本人は古来より、山に向かって祈り、巨木をまつり、四季の変化を歌に詠んできた。
自然がもたらす災害と恵みは、人に自然に対するおそれと感謝の念を抱かせ、 それが人々の自然に対する繊細で豊かな感性と文化を育んだ。

自然の中にある多面性に目を向け、それらを受け入れようと努力するところに、人と自然がともに生きる本当の豊かさがある――

もしかすると自然は、そんなことを私たちに語りかけているのかもしれない。

(F)